1月9日北陸中日新聞朝刊より「通りのものがたり 湯涌地区編 アニメ『いろは』効果 ファン、住民交流続く」

「おばあちゃんいくつになったん」「今度来るまで元気でおってね」。温泉街の入り口に立つ松村商店。重い引き戸を開けると、薄暗い店内にユズサイダーや手作りのゆずみそが並ぶ。湯涌温泉をモデルにしたアニメ「花咲くいろは」の世界に浸ろうと多くの若者が顔を出す。切り盛りする松村節子さん(83)は「この町が好きや言われるとうれしいもんやね」と目を細める。
2011年4月にアニメが放送開始。温泉旅館で仲居として働く女の子たちのひたむきな姿が共感を呼び、全国からファンがやってきた。半年で放映が終わってから一年以上たつ今も県内外から集まり、キャラクター談義に花を咲かす。
週に2回、主人公のイラストが大きくプリントされた愛車で現れる男性(38)は「お店の食事はおいしいし、自然がたくさんあってすっかりとりこになった」と魅力を話す。12月には主人公の誕生日会を開き「『地元推し』のアニメは応援しなきゃ」と意気込む。

アニメ製作会社ピーエーワークス」(富山県南砺市)専務の菊池宣広さん(48)が、温泉を舞台にした新作アニメの構想を胸にこの町を訪れたのは、まだ雪の残る10年初め。「家族経営の旅館が並ぶこぢんまりとした雰囲気がぴったりだった」と一目で気に入った。
一方、若者の足が遠のいていることに危機感を持っていた湯涌温泉観光協会。当時の青年部会長だった山下新一郎さん(40)は「町を訪れるきっかけになれば」と提案を受け入れた。
自身も旅館の専務を務める山下さんには強いこだわりがあった。それは、ありのままの湯涌を守ること。「ファンが見たいのは作品に迎合して飾り付けられた町ではない」。放送開始まで計画は伏せられた。
寝耳に水だったのは住民だ。第1話が放映されると全国から来た若者で町はにぎわった。喫茶店を営む宇野むつみさん(63)は「びっくりした。パソコンで映像を見せてもらっても何のことやらさっぱり」と当時を思い出して苦笑いする。
ファンの礼儀正しさも住民を驚かせた。10月に開かれる「ぼんぼり祭り」は、アニメと町が連携して11年に始めた。昨年は7千人が訪れ、稲荷神社へと続く道は人であふれた。「身動きがとれんほどごった返しとったのに、ごみ一つ落としていかなんだ」。宇野さんの夫謙二さん(62)は感心する。
「いろは」効果を受け、年々減少していた温泉の利用者は11年度に前年度より6.4%増加。延べ6万人を越える人々が訪れた。
山下さんは語る。「アニメを通してあらためてこの町を誇りに思えた」。力を込めた言葉の向こうに、おもてなしへの強いプライドがのぞいた。

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